舞台を分けた レンシュポルト
ル・マン 24 時間に挑む 2 台のポルシェ・レーサー。新たな進化を遂げた 911 RSR と、革命的 LMP 1 マシーン、ニュー 919 ハイブリッドにスポットを当てる。
ワイド&ローなスタンスでどっしりと構える 911 RSR。その彫刻のようなボディには威圧感が漲っており、どこか巨人兵士ゴリアテを彷彿とさせる。レースを徹底的に追求しているからこそ、2台の新型モデルを対比することに戸惑いを感じるかもしれない。コックピットはクルマというよりはむしろ戦闘機に近い。この一見奇妙なシルエットには、新しいレギュレーションから導き出されたエアロダイナミクス要素が大きく関与している。さらに、極限まで効率を突き詰めた結果、911 のおよそ 2 倍の最高出力と、3 分の 2 の車輌重量を実現している。つまり、その外観に表れている繊細さこそ、919 ハイブリッドの本質であり、最大の強みというわけだ。
2014 年シーズン、ポルシェは 2 台の新型レーシング・マシーンを FIA 世界耐久選手権( WEC )およびそのハイライトを飾るル・マン 24 時間レースにエントリーさせる。同時参戦とは言え、両者が直接しのぎを削るわけではなく、911 RSR は熾烈なライバル争いが予想される GTE - Pro クラスに、そして世界選手権に初エントリーする 919 ハイブリッドはトップカテゴリーのル・マン・プロトタイプ 1( LMP 1 )クラスに出場する予定だ。
注目はやはり LMP 1 クラスのトップ争い。つまり総合優勝をかけた闘いであろう。ポルシェは 16 年という長い歳月を経て、再びメーカーの威信がかかる大一番に打って出るのである。
ここで LMP 1 クラスに挑む 919 のテクニカルデータを簡単にご紹介しておこう。3 サイズは全長 4.65 メートル、全幅 1.80 メートル、全高 1.05 メートル。車輌重量は 870 kg。カーボンモノコック・ボディの技術水準はまさに F1 レベルで、シャシーとブレーキにも世界最高峰のエンジニアリングが投入されている。この “ ハイテク ” ポルシェのパワーユニットには 2 リッター V 型 4 気筒ガソリン・エンジンが採用され、ふたつのエネルギー回生システムを組み合わせて出力補助を行う。
新たなレギュレーションによってパワーユニットのダウンサイジングとハイブリッド化が求められた LMP 1 クラス。結果如何によっては将来の自動車造りの在り方に大きな影響を及ぼすことになると言われているだけあって、ポルシェの社長であるマティアス・ミューラーはプロジェクトに携わる自社のエンジニア陣ならびに競合他社に対して大きな敬意を表しつつ、919 ハイブリッドについてこう定義づけている。「私たちがこれまで開発してきたマシーン中で最速のレースラボ。言わば『コンセプトスタディー・レーサー』です」
エンジニアリングの新境地を目指して開発された 919 ハイブリッドは、まさに自由を謳歌する子供のようだ。新レギュレーションでは、パワーユニットをディーゼルにするか、ガソリンにするかはメーカーの判断に委ねられ、排気量やシリンダー数、ターボチャージャーの有無についても自由な選択が認められている。ただし、セットアップごとに毎ラップ消費されるエネルギー量は制約を受けることになる。2.0 リッターの直噴 V 型 4 気筒ターボ・エンジンを選んだ理由について、ポルシェの LMP 1 プロジェクト統括マネージャー、アレクサンダー・ヒッツィンガーはこう説明する。「このパッケージはサーモダイナミクス性に優れ、シャシーにマウントされたエンジンが効率的な熱伝導を可能にするのです」
919 ハイブリッドのエネルギー回生システムは 2 系統に分けられる。ひとつは排気ガスの流れでジェネレーターを駆動し、排気ガスの熱エネルギーを回収するデバイスで、将来性が期待されている新技術の系統。そしてもうひとつは、フロントアクスルのジェネレーターが制動時に発生する運動エネルギーを電気エネルギーに変換する( 918 スパイダーにも採用されている)デバイスの系統である。最終的にリチウムイオン電池に蓄えられたエネルギーは、ドライバーからの指令により電気モーターとしてのジェネレーターへ供給され、フロントアクスルを回転させることで、一時的に四輪駆動に変身するという仕組みだ。
それでは補助駆動をいつ、どれほどの時間作動させるのか。ヒッツィンガーはこの問いに対して、「それはレースの勝敗を分ける核心」だと言い切る。ドライビングスタイルやレース展開、サーキットコンディション等によってレース戦略は逐一変化していくが、ワークス勢のハイブリッド・マシーンは回生可能エネルギーの総量に応じて 4 クラスに分類されており、基本的にはハイブリッドシステムの性能が優れているほど使用できる燃料は制限されることになっている。例えば全長 13.6 キロにおよぶル・マン・サーキットなら、最高回生クラスに属するマシーンの場合、毎周 8 メガジュールの回生エネルギーが使用できる代わりに、ガソリンは最大 4.64 リットルに制限される。これが2メガジュール・クラスになると、毎ラップ 5.04 リットルまでガソリンの消費が認められるといった具合だ。ちなみに 2014 年シーズンに参戦する LMP 1 プロトタイプの燃費は、去シーズンに比べると全体として 30 パーセントほど抑制される見込みとなっている。
未来にその名前を刻むであろうポルシェ 919 ハイブリッド。そのコードネームはロードゴーイング・スーパースポーツハイブリッド、918 スパイダーと隣り合わせであり、かつてル・マンを制した 917 直系のモデルだが、一方の 911 RSR は、その永久不滅のコードネームを受け継ぐ跡取りである。
911 RSR は今シーズン、ワークスによる真のスポーツカーレースとも言えるル・マンの GTE-Pro クラスに挑む。2013 年のル・マン、そして 2014 年のデイトナで 911 が果たしたクラス優勝は記憶に新しく、その 4 リッター水平対向 6 気筒のエンジン・サウンドはル・マンでの活躍を予感させる。
911 RSR のボディシェルは、ツッフェンハウゼンで製造される 991 カレラ 4 用のものがベースとなっているが、フロントへの冷却装置や燃料タンクの設置、サスペンションの懸架、セーフティセルの溶接など、基本を整えるだけでもおよそ 200 時間の手作業が要される。開発を指揮するマルコ・ウイハジとそのエンジニアたちに課された任務は過酷そのものだ。
この基本作業によりシャシーの持つ剛性が 50 パーセント以上向上するとは言え、速さを競うマシーンである以上、軽量であるに越したことはない。「“ 多ければ多いほど良い ” というのはレーススポーツでは通用しません。“ レス・イズ・モア ” こそが私たちのモットーなのです」とウイハジ。
プロジェクト・ティームの目標は、規定重量である 1245 kg を切ること。これが実現できれば必要量のバラストをシャシーに分配し、車輌重心を最適化できるというわけだ。そして重心が安定すればハンドリング性能も向上し、同時にリア・エンジンのマシーンが避けられないリア・タイヤの摩耗を抑えることが可能となる。ウイハジは少しでも前後の重量バランスをニュートラルに近づけるべく、補助オイルタンクなど移設が可能なコンポーネントを極力フロント側に取り付ける工夫も凝らしている。
昨シーズン、ル・マンを舞台に見事クラス優勝を果たした 911 RSRだが、開発は常に現在進行形である。今シーズン、エアロダイナミクス性能のさらなる向上を図るべく、エンジニア陣は新たな改良を加えたと言う。「2013 年モデルではフロントアクスルに作用するダウンフォースが強すぎました。ですから新型ではリアスポイラーをよりワイドに設定することで、そのバランスを整えたのです」とウイハジ。
サーキットで成功を収めるための鍵となり、同時にまた市販モデルへの応用が予想されるディテール。例えばフロントスポイラー・フラップやポリカーボネート製の軽量リアウィンドウなどの他、470 PS を誇るエンジンを支えるリジットマウントなども目下開発中の 911 GT3 RS にも採用が見込まれる。特に後者は GT3 および GT3 RS 用ダイナミックエンジンブラケットの基盤となっており、開発を手がけたウイハジは「GTE レーサーがサーキットで機能すれば、その恩恵を間もなく私たちのカスタマーも享受できるというわけです」と自信を覗かせる。
レースで得たノウハウを市販モデルに応用することこそが、ポルシェの伝統である。その中で、最高水準の効率性に裏打ちされた絶対的なスポーツ性能を提示していくことにより、“ ポルシェ・インテリジェント・パフォーマンス ” は体現されていく。
2 台のワークスマシーン共通のエクステリアグラフィックとして採用された企業理念の最初のアルファベット文字。パッケージは違えど志を同じくしたポルシェ・ブラザーズは、その理念を実証すべく、過酷な 2014 年シーズンに挑む。
2014 年世界耐久選手権( WEC )
4 月 20 日 シルバーストーン(イギリス)、6 時間
5 月 3 日 スパ・フランコルシャン(ベルギー)、6 時間
6 月 14 ⁄ 15 日 ル・マン(フランス)、24 時間
9 月 20 日 オースティン(米テキサス)6 時間
10 月 12 日 富士(日本)、6 時間
11 月 2 日 上海(中国)、6 時間
11 月 15 日 サヒール(バーレーン)、6 時間
11 月 30 日 サンパウロ(ブラジル)、6 時間
テクニカルビュー
冷却コンセプトと安全規定:エアロダイナミクスを複雑にする二つの要因
エアロダイナミクス効率とは、高速でコーナリングに進入する際に作用する最大の G フォースおよび最小限に抑えられた車輌の空気抵抗を意味する。2014 年より適用されたレギュレーションにより、マシーンはクローズ・コックピット型のみとなり、エアロダイナミクス性能の導き出し方にも大きな変化が見られた。ドライバーのヘルメットにより絶え間なくエアフローが変化するオープントップ型に比べ、滑らかにレイアウトされたクローズド型のルーフは気流をリアウィングへ正確に送り込む。一方、エンジンリッド上部にマウントされた大型フィンは、走行時に横風の影響を大きく受けるため、担当エンジニアの悩みの種となっている。メリットと言えば、事故でマシーンが空転した場合、フィンによって生じる空気抵抗により制動性を発揮することであろう。現行のレギュレーションでは、アクシデントにより車輌が高速でスピンしないよう対策を講じることが義務付けられているのである。冷却装置とリアのエアフローを掻き乱すホイールケースの開口部にもどこか違和感を覚えるが、これはアンダーボディに作用する揚力を外部へ逃がし、車輌が浮かび上がるリスクを軽減させるためのデザインだ。
エアロダイナミクス:安全規定の変更により設けられた大型フィンとホイールケースの開口部
駆動システム:リア・エンジン、フロント・アクスルに仕込まれた運動エネルギー回生システム( KERS )、排気ガスの流れを利用したエネルギー回生システム( ERS )、ドライバー下部に設置されたバッテリー
文 Klaus-Achim Peitzmeier
写真 Christoph Bauer