プラグインハイブリッドの第二章
革新的なハイブリッド・システムを搭載したカイエン S E - ハイブリッド。ポルシェの知恵と創造性の結晶とも言うべき最新モデルの実像に迫る。
路面をしっかりと捉え、コーナリング中に歓喜の雄叫びを上げるカイエン S E - ハイブリッド。然るべき道ではそんなアグレッシブな走りを見せる一方、唸り声を轟かすことなく、子供の送り迎えをしっかりとこなす一面も持ち合わせる。静々と発進する姿を見る限り、躾もきちんと行き届いているようだ。
時の流れに関係なく聳え立つ岩壁のように、新型カイエンが堂々とその姿を現した。随所に磨きがかかり、完成度が高まっているのは間違いないが、このクルマはただならぬ異彩を放っている。モデルネームは “ カイエン S E - ハイブリッド ”。そう、電気モーターと燃料エンジンを備えるプラグイン・ハイブリッドカーなのだ。それを知ると、2 つのキャラクターを併せ持つその肢体が、ローマ神話のヤーヌスのようにも見えてくる。
新型のカイエン・ハイブリッドで特筆すべき点は、家庭用コンセントやチャージステーションでバッテリーを充電できることで、バッテリーがフル充電の状態なら電気モーターのみで最大 36 km の走行が可能だという。もちろん距離だけではない。電気モーター走行時の最高速度も 125 km / h に達する。これだけの能力があれば、日常のドライブに不足はないだろう。充電ステータスが一定の数値を下回るか、ドライバーがより高いパフォーマンスを求めた場合は、すぐに燃料エンジンが作動するので心配は無用だ。
V6 エンジンとオートマティック・トランスミッション( 8 速ティップトロニック S )の間に 70 kW を発生する電気モーターがレイアウトされていることからも分かるように、カイエン S E - ハイブリッドにおいては電気モーターと燃焼エンジンの相利共生が図られている。電気モーターが燃料エンジンをフルにアシストした際のシステム最高出力は416 PS(306 kW)を誇り、低速走行時には余力で電気モーターを回してバッテリーを充電。その際、エンジンは燃料消費量が最適となる回転 / 負荷域で駆動される。仕組みは複雑だが、電気モーターとエンジンの華麗なティームプレーからドライバーが感じ取れるのは、ダイナミックな前進力だけ。燃料エンジンと電気モーターの連携は文字通りシームレスである。「駆動システムがいつ切り替わったか、ドライバーが全く気付かない…… それこそが私たちにとって最も重要な開発目標でした」と話すのは、ポルシェで駆動システム開発責任者を務めるヨルグ・ケルナーだ。果たして、目標は完璧に達成された。レブカウンターを注視していなければ、いつエンジンが始動したか気づくすべはないのだから。
ガソリンスタンドを横目に颯爽と駆け抜けるカイエン S E - ハイブリッド。3.4 リッター / 100 km( NEDC 準拠)を誇る燃料消費量はあくまで目安であり、普段から定期的にチャージを行っていれば、近場のドライブなら電気モーターのみで十分に走行が可能だ。つまり、さらに燃料消費量を抑えることもできるのだ。さらに、ポルシェ・ユニバーサルチャージャーを使えば、自宅の車庫でも手軽に充電が行えるだけでなく、ラゲッジコンパートメントにすっきりと収納できるので出先での実用性も高い。
ヴァイザッハ研究開発センターのポルシェ・エンジニアチームが、“ スポーツカーライクなパフォーマンスと電気モーターを擁さない小型車を凌ぐエミッション排出量の両立 ” というコンセプトを着想したのは、2009 年のことだったという。開発ティームの一員で、電気および電子開発の責任者を務めるウベ・ミヒャエルはこう説明する。「電気モーターだけで走行する EV モデルを開発しようという考えはありませんでした。実用性のあるソリューションを見つけ出したかったのです」。当時すでに開発が行われていた従来型のハイブリッド・システムでは、燃料消費量の低減にこそ成功していたものの、走行中にブレーキ回生とエンジン(ロードシフトポイント)によってバッテリーを充電するしかなく、そのソリューションには限界があることも明らかだった。
日常走行で燃料消費量をさらに低減するには、よりスピーディに充電を完了して、より長い距離を電気モーターのみで走行する性能が求められる。つまり、バッテリーは外部からのエネルギー供給を可能にし、その上、十分な蓄電能力も備えていなければならない。もちろん、電気モーターの出力アップも必須条件だ。その解決策として、ニッケル水素バッテリーからリチウムイオンバッテリーに変更。バッテリー電圧を 288 V から 382 V に高め、交流電流から(バッテリーに充電するための)直流電流に変換する回路が組み込まれたのだった。
2010 年 5 月、ポルシェ初のプラグイン・ハイブリットカーとして、パナメーラのプロトタイプがヴァイザッハに設置されたチャージステーションでの充電に成功した。同年秋にはこの駆動システムを市販モデルに採用することが決定し、2013 年の夏、パナメーラ S E - ハイブリッドがプレミアデビューを果たす。そして今回、このスポーツリムジンのパワートレインをリファインする形でカイエン S E - ハイブリッドが登場したのである。カイエンの重量をカバーすべく、エネルギー密度が高い新世代バッテリーを搭載し、同重量でありながらチャージ容量はパナメーラ S E - ハイブリッド比で 15% 増大しているという。
市街地を抜けて高速道路に乗る直前、カイエン S E - ハイブリッドはハイブリッドモードに切り替わった。バッテリー航続に不安を感じるかもしれないが、ご安心を。E チャージモードなら高速クルージング中に充電してくれる。
ヴァイザッハのエンジニアリング・ティームが 4 つの走行モードを考案してくれたお陰で、カイエンの人格はボタンひとつで切り替え可能だ。例えば、発進時には電気モーターのみで駆動する E パワーモードを選んでもいい。チャージが不足してくると自動的にハイブリッドモードに切り替わり、電気モーターで燃料エンジンをアシストする駆動にシフトする。走行速度が 154 km / h 以下の場合、ドライバーがアクセルペダルから足を外すと、エンジンが駆動系から切り離され、ドラックトルクによる減速を避けながら燃料消費量の大幅な低減が可能となるコースティング機能が作動する。スポーツモードは電気モーターとエンジンによる最大限のパフォーマンスを実現するためのもので、エンジンは常に動いた状態で、電気モーターも最大限のアシストを発揮する。E チャージモードとは、走行中にバッテリーチャージを優先する状態を指し、この機能を用いれば高速走行で十分にチャージングした後、市街地を電気モーターだけで走行することも可能である。
「駆動ストラテジーについては徹底的に議論を交わしました」と説明するパワートレイン開発責任者のケルナーは、918 スパイダーに装備されたパワー重視のレースモードや高性能バッテリーに限界まで負荷をかけるホットラップモードを用意することも技術的には可能であったと言う。「しかし、そもそもスパイダーとカイエンではキャラクターが異なりますからね」。実際、918 スパイダーはフロントを電気モーターのみで駆動し、リアは V8 エンジンともう一基の電気モーターで駆動。システム最大トルクは 1280 Nm に達するモンスター・マシーンだ。
とは言え、918 スパイダーであろうとカイエンであろうと、複雑なパワートレインの連携に指示を飛ばすのは電子制御エンジン・マネージメントシステム= “ ハイブリッドマネージャー ” であることに変わりはない。制御系では、バッテリー容量を最大限に活用すべくバッテリーを常時モニタリングするバッテリーマネージャーも重要なテクノロジーだ。また、カイエン S E - ハイブリッドは、7.2 kW のオンボードチャージャー(オプション)も装備可能で、これがあればバッテリーが空の状態でも 90 分以内でフル充電することができる。
目的地はすぐそこだ。マルチファンクションディスプレイはバッテリーのフル充電を表示している。そろそろ E パワーモードにシフトする頃合いか。スイッチを押した瞬間、カイエンは音も立てず滑るように走り始める。
文 Johannes Winterhagen
カイエン S E-ハイブリッド
エンジン: V 型 6 気筒ターボエンジン
排気量: 2995cc
最高出力: 245kW ( 333PS )
最大トルク: 440Nm/3000–5250rpm
最高出力電気モーター: 70kW ( 95PS )
最大トルク電気モーター: 310Nm/<1700rpm
最高出力(総合): 306kW ( 416PS )
最大トルク(総合): 590Nm/1250–4000rpm
0–100km⁄h 加速: 5.9秒
最高速度: 243km/h
CO2 排出量 (総合): 79 g/km
燃料消費量 (総合): 3.4 リッター /100km
電力消費量 (総合): 20.8kWh /100km
効率クラス: A+
ハイブリッド:パイオニアとしてのポルシェ
エンジンと電気モーターを備えたモデル群によるマイルストーン
1900 年
自動車設計士であり創業者でもあるフェルディナンド・ポルシェは、パリ万国博覧会で世界初のハイブリッドカー “ Semper Vivus(常に活動的)” を披露した。電気モーターだけでは航続距離が限定されるため、ポルシェは当時からエンジンと電気モーターによる二つの動力源を採用。しかしそのシリーズ式ハイブリッドの構造原理は今日のハイブリッドカーとは根本的に異なり、前輪にインホイールモーターを組み込んだもので、2 基の 1 気筒エンジンにより発電された電力はジェネレーターを作動させるものの、それが直接的な駆動力とはならなかった。ポルシェは Semper Vivus 発表直後に、初の市販モデル、ローナーポルシェ “ Mixte ” を発表している。
2010 年
ポルシェは第 2 世代カイエンのモデルレンジに初めてハイブリッドモデル、カイエン S ハイブリッドを投入し、平均燃料消費量を 100 km あたり 8.2 リッターまで抑えることに成功した。現在のカイエン S E - ハイブリッド同様、電気モーターはエンジンとトランスミッションの間にレイアウトされていたが、その最高出力は 34 kW で、電気モーターのみによる走行モードでの最高速度は 60 km / h に留まっていた。また、当時使用されていたニッケル水素バッテリーの容量も現行型に比べると大きく下回るものであった。
2012 年
市販モデル生産開始の 1 年前、ハイブリッドスーパースポーツカーの 918 スパイダープロトタイプがニュルブルクリンクで最速ラップタイムを記録。それから 1 年後、市販モデルの 918 スパイダーを操縦したマーク・リープが同タイムを 17 秒も短縮する 6 分 57 秒で記録を更新した。高回転型の V8 エンジンと前後アクスルに装備された電気モーターにより、スポーツ性能を極めたハイブリッド駆動コンセプトを実現。最大トルクは 1280 Nm に達した。
2013 年
ポルシェは初めてプラグインハイブリッドシステムを搭載したパナメーラ S E ハイブリッドを発表。スポーティな走行パフォーマンスにもかかわらず、平均燃料消費量は 100 km あたり 3.1 リッター( NEDC 準拠)と、ポルシェの市販モデルの中では群を抜いて優れていたことから、自動車専門誌はこのモデルに “ エコ・パナメーラ ” という愛称を付けたほどであった。コンセントからチャージ可能な最新リチウムイオンバッテリーの採用により、電動航続距離は 36 km を達成。また、自宅車庫用に専用のチャージステーション(ウォールボックス)が標準装備されている。