炸裂、ターボエンジン
ポルシェ 911 の最大の強みは、自らを常に再定義していく自己変革能力であろう。新型 911 カレラに採用されたターボ・エンジンは、新たなる時代の到来を予感させる。
敷地内の上空を見上げると分厚い雲が……せっかくの機会だというのに、なんとも冴えない天気だ。やはり曇り空ではなく、明るい太陽の下で初対面を果たしたかった。爪を砥ぎ、その実力を解き放たんと待ち構えている新型ポルシェ 911 がロードデビューするのだから。
911 カレラ S を駆り、ヴァイザッハ研究開発センターから北を目指して走り出す。ハスキーな唸り声を上げながら快調にスタートした直後は、それほど変わった印象は受けなかった。新しいポルシェ・コミュニケーション・マネージメントシステム(PCM)のディスプレイがワイド化されたのはすぐに分かる。それから 918 スパイダーにオプションで設定されていたスポーツステアリングホイールの直径が、375 mm から 360 mm に若干小径化されているのも。
指先の感触がクリアになるまでもう少し時間がかかりそうだから、今は聴覚に全神経を注ぐとしよう。911 を唯一無二の存在たらしめてきた 6 気筒ボクサー・エンジンの、スポーツ性を極めたサウンドは不変だろうか? スタート時にはかすれた、震えるような振動音を発し、レブカウンターの針が 6000 rpm から 7000 rpm に上昇していくにつれ解き放たれるあの歓喜の叫びは健在なのか?
1970 年代に高出力のターボ・モデルがラインナップされていた事実が示すように、ポルシェにとってエンジンは常に特別なテーマである。ツッフェンハウゼンのエンジン設計技師が繰り返し強調してきたのは、「排気量と回転数さえ決まれば、あとは自然と結果がついてくる」という独自の文法。しかし、燃料消費量や排気ガス規制が非常に厳しくなった今、ポルシェとてそれに従わないわけにはいかない。かくして排気量が 3.8 リッターでも 3.4 リッターでもない 3 リッター・ユニットの開発が求められ、カレラ・モデルに 2 基のターボチャージャーが搭載されることになった。気になるのはそのエンジン・サウンドだ。郊外に出てエンジンにかける負荷を高めると、心配は喜びに変わっていく。スロットルを全開にした瞬間、愛情たっぷりに育てられた新しいパワーユニットからエッジの効いたビートが勢いよく放たれる。先代のカレラ S では 440 Nm のトルクを得るために 5000 rpm を必要としたが、新型は 1700 rpm から 500 Nm という膨大なトルクを発生するので、力強いエンジン・サウンドがより日常的に享受できるのも嬉しい。
ヴュルムタールに差し掛かると、突然カーナビが左側の細い山道を上るよう指示を発した。先代モデルならここでマニュアル変速モードを選び、7 速ドッペルクップルング(PDK)に付属するパドルシフトを左手で素早く切り替える操縦が求められた。しかし新型カレラ S ではその必要もなさそうだ。レブカウンターの針はすでに 2500 rpm を指しているので、ただアクセルペダルを踏み込むだけで事足りる。
新型 911 は丘の頂上を目指して木々で覆われた緑のトンネルを駆けあがっていく。毎分最大 200000 rpm で回転するターボチャージャーは、最高水準の反応特性を実現するべく非常にコンパクトに設計されている。「私たちの開発目標は、ターボ特有の癖を持たないエンジンを完成させることでした」と、モデルレンジ責任者アウグスト・アハライトナーは語る。
新型カレラ S は、ドライバーがその気になれば最高出力 420 PS を発生させる強力なパワーユニットを搭載している。それを承知でエンジンリッドの下をチェックしてみても、どのようなエンジンがどのようにマウントされているのか見当もつかず、「本当は排気量を拡大しただけでは?」と疑いたくなる。
だが、もちろん事実は逆であり、燃料消費量も先代モデルに比べて格段に低減しているというから驚く。ダッシュボード右手のブースト圧表示は、軽い上り坂でアクセルを少し踏み込む程度ではゼロを示したまま。省エネ走行がお好みなら、低回転を維持してターボ・ディーゼル車のように走ることもできる。
有名なマウルブロン修道院の横を、新型カレラ S はまるでチベット僧侶の祈祷のように低く、コク深いサウンドを響かせながら通り過ぎる。このあたりの町や村には、フロイデンタール(喜びの谷)やシュターネンフェルズ(星の岩)といった具合にメルヘンチックな名前が付けられている。肩を寄せ合う木骨造の小さな家々の間から教会の塔がすらりと天に伸びるメルヘンチックな景色をバックに、道は森に覆われた美しい谷間を抜け、なだらかな丘を縫うように続く。かつて 911 が “幼少時代” を過ごしたこのエリアは、古くからポルシェの “縄張り” として知られた場所だ。シュトゥットガルトとプフォルツハイムの間に点在する町々は、ただ長閑な感じ……と早合点するなかれ。バーデン=ヴュルテンベルク州のこの地域一帯には、庭の小屋やガレージ、地下室で黙々と機械いじりに没頭する発明家が山ほどいる。
バード・リーベンツェルに伸びるストレートで、新型カレラ S が思いきり深呼吸したところで不意に気管を閉じた。新しく設計されたフロントエプロンは、空気抵抗を低減し燃料消費を抑えるべく走行中にクーリングフラップを自動で閉じるのだ。エンジンをフル稼働させる場合または冷却水が急激に上昇した場合にフラップが再び開く。燃費を気にせず車内に座っている限り、そのような仕組みが動作しているとはまるで気付かない。かくも細やかな改良を積み重ねることによって、カレラ S の PDK 仕様では 13 km/L(NEDC準拠)の好燃費を達成しているのである。
新たな仕組みと言えば、オプションのスポーツクロノパッケージに新たに加わったダイヤルスイッチも見逃せない。“スポーツモード” をセレクトすると PDK のシフトスケジュールが速まり、その上の “スーパースポーツモード” ではスタビライザーとショックアブソーバーが締め上げられ、オプションのスポーツエグゾーストシステムに仕込まれたエグゾーストフラップが全開になる。特筆すべきは、これらのプリセットモードに加えて “インディビジュアルモード” が設けられている点で、サスペンション・セッティングやシフトスケジュール、サウンドの組み合わせを車輌設定メニューから任意に設定できるようになっている。
我々はこのインディビジュアルモードの効果を確かめながら、プフォルツハイムとハイムスハイムを結ぶ短いアウトバーンで新世紀のシンフォニーを堪能した。そのサウンドは “従来の吸気エンジンの高回転を彷彿とさせる管楽器系の音が新しい水平対向 6 気筒ターボ・エンジンという名のオーケストラに迎え入れられる感じ” とでも表現すべきか。訊けば、アハライトナーと彼のプロジェクト・ティームは、エグゾーストノートに磨きをかけるべく、バックウォールに 2 つめのサウンドシンポーザーを組み込んだと言う。振動板が一枚増えたおかげで、タービンのサウンドが心地よく室内に木霊し、そこに 7 速トランスミッションが放つトランペット張りの金属音が鮮烈なビブラートをかける。
新しいターボ・エンジンはクラフトマンシップの結晶とも言える感触だ。期せずして回転数を落としてしまっても、ツインターボが絶妙なフォローを見せ、即座に真の才能を導き出してくれる。3000 rpm に達すれば、まさに水を得た魚。エバーディンゲン手前の高地でも、パドルシフトを使って精確で気持ちの良いシフトチェンジを続けることができる。ちなみに、レーシング・ドライバーはこのようにインターバルの短いシフトチェンジを “ショート・シフティング” と呼び、路面μが低い場合やトランスミッションにトラブルが発生した際にはこのテクニックを使ってシフトポイントを意図的に早めるのだが、新型カレラ S ならいとも容易く同じことができる。
ティーフェンブロンとウンターライヒェンバッハの間を走行しているというのに、新しいインタラクティブ・コミュニケーションシステム(※)がカールスルーエとレオンバーグ間の交通状況をリアルタイムで知らせてくれる。新しい PCM は必要に応じて最新の地図データを認証サーバーから呼び出し、最適なルートを示す。自宅の PC で好みのルートを作成して車輛に送信することもできるし、車輌の現在位置をスマートフォンでトラッキングすることだって可能だ。
ヴァイル・デア・シュタットの城壁裏にさしかかったところで、不意にカーナビが再びスタート地点へ戻るよう北の方角を指示した。天気は依然としてさえないが、引き返すとしよう。新しいターボ・エンジンが発する最大 1.1 bar のブースト圧なら、悪天候を吹き飛ばしてくれるに違いない。ウエイストゲート・バルブが嬉々として作動する様を楽しみながら丘をアタックし始めると、「もうターボが搭載されていない 911 には乗れない」とさえ思う。新型 911 は全てが上品かつ控えめに機能する。いつでも驚異的なパワーを見せつけることはできるが、それをしなくても走る喜びを十全に享受できるのが 911 の 911 たる所以だ。大脳辺縁系で幸福感を広げてくれるのは、華々しいエクスタシーではなく、静かなる喜び。この静かなる喜びこそが、継続的な幸福感の源となるのである。
大麦の穂が揺れながら黄金色に輝き、背の高いトウモロコシが垣根のように並ぶ田舎道に、911 の鼓動が心地よく溶け込んでいく。クーペ・モデルと同時にデビューを果たすカブリオレに乗っていたら、間違いなくルーフを開くであろう至福のシチュエーションだ。その刹那、雲の隙間から太陽が顔を出し、長く続きそうな高気圧の到来を予告した。
※国により仕様が異なることがあります。
文 Markus Stier
写真 Steffen Jahn
911 カレラ S(タイプ 991 II)
エンジン: 水平対向 6 気筒ツインターボエンジン
排気量: 2981cc
最高出力: 309kW (420PS)
最大トルク: 500Nm / 1700~5000rpm
0–100km⁄h 加速: 4.3 (4.1*)秒
最高速度: 308 (306*)km/h
CO2 排出量(総合): 199 (174*)g/km
燃料消費量 市街地: 12.2 (10.1*)リッター/100km、高速道路: 6.6 (6.4*)リッター/100km、総合: 8.7 (7.7*)リッター/100km
効率クラス: F(E*)
911 カレラ(タイプ 991 II)
エンジン: 水平対向 6 気筒ツインターボエンジン
排気量: 2981cc
最高出力: 272kW (370PS)
最大トルク: 450Nm / 1700~5000rpm
0–100km⁄h 加速: 4.6 (4.4*)秒
最高速度: 295 (293*)km/h
CO2 排出量(総合): 190 (169*)g/km
燃料消費量 市街地: 11.7 (9.9*)リッター/100km、高速道路: 6.3 (6.0*)リッター/100km、総合: 8.3 (7.4*)リッター/100km
効率クラス: F(D*)
* PDK 仕様車
ヴァイザッハでの過ごし方
軌跡を辿る
ポルシェ
ヴァイザッハとフラハトの間に本拠を構えるポルシェのヴァイザッハ研究開発センターは、ポルシェ・ミュージアムや生産工場があるシュトゥットガルト・ツッフェンハウゼンから約 22 km 離れた地点にある。 www.porsche.com/museum
黒い森
黒い森の中を縦断する “黒い森ハイロード” まで約 45 分。総面積 10062 ヘクタールのシュヴァルツヴァルト国立公園は、クルージングにもってこいの自然に恵まれたエリアだ。 http://www.schwarzwaldhochstrasse.de
修道院
ヴァイザッハから北へ約 26 km 進むと、マウルブロン修道院が見えてくる。アルプスの北側に現存する古い宗教建築の中でも最も保存状態が良好な修道院として有名だ。シトー修道会が 12 世紀中頃から建設に着手し、同世紀末に修道院を中心とする街のアウトラインが完成したと言われいる。この修道院は 1993 年、ユネスコの世界文化遺産に登録されている。 www.kloster-maulbronn.de