夢想家の果て無き探究心
イギリス人芸術家、ジェリージューダによるアイディアの下、24 メートルもの高さを誇るスチールモニュメントの先端に飾られた3 台の 911。独自性に富んだ巨大モニュメントを手がけたそんな彫刻家にクローズアップする。
ジェリージューダがブラックのカイエンに乗ってセレモニーに現れると、直ちに静まり返るツッフェンハウゼンのポルシェプラッツ。新しいポルシェモニュメント “インスピレーション 911” が夕方のライラックカラーの空に浮かび上がる。周辺道路の安全地帯に自動車はほとんど走っていない。ジェリージューダはその晩のために設営された観覧席に腰を下ろし、自分の作品がどのように公開されるのかをじっと見つめている。シンボリックな表現にパワフルなライトショー、そして歴代および最新のポルシェが演出するカラフルなバレエ団が白一色に染まったモニュメントの周囲で “ビクトリーラン” を行っている。モニュメント先端にはホワイトにカラーリングされた 3 台の 911 が急角度に取り付けられ、その様子はまるで夜空に向かって放たれたシューティングスターを連想させる。
ミュージアムで行われたセレモニーでは静かで独特な様子が印象的な 64 歳のイギリス人アーティスト。堂々とした出で立ちで黒の洋服に身を包み、白髭を蓄えている。ジューダは優しく、親しみやすい人物だ。そんな彼は権威を感じさせる作品よりもハンドメイドにこだわっているように見える。モニュメントを駆け抜ける 3 台の 911 は今後数十年にわたりモニュメントの先端を飾るシンボルとなる。 ジューダは作業場を提供してくれた工場スタッフ一同と嬉しそうに挨拶を交わし、こう言った。「君たちの仕事は素晴らしかったよ」と。 そしてスタッフたちは恥ずかしそうにはにかみながら笑顔でジューダと握手を交わす。彼は自分の仕事にとって相性の良いティームというのがいかに大切であるかを知っている。それは自分のイマジネーションを共有でき、誓いなんて立てる必要のないティーム。今年のグッドウッドフェスティバルオブスピードでは、計 400 メートルもの長さに圧縮成形したスチールバーを高さ 36 メートルまで曲がりくねらせ、横向きに傾いた構造のモニュメントを披露している。同フェスティバルは英国が誇る伝統的なモータースポーツイベントであり、90 年代の中盤以降、アールオブマーチ卿の主導の下、ウェストサセックスで開催されている。ジューダはそこで 20 年足らずの間、中心的な巨大モニュメントの設計および建設を手がけている人物なのだ。
1951 年にカルカッタで生まれたジェリージューダ。彼の祖父母はバクダットからインドに移住している。幼少時代は西ベンガルで過ごし、10 歳になると家族と共にロンドンへ移住したのであった。イギリスでは 16 歳で学校を退学した頃から調理補助やドアマン、トレース作業のアルバイトを転々としていたジューダ。その後、ロンドンの著名なカレッジで芸術を勉強し、ウェストエンド地区にスタジオを開いている。そこを拠点にジューダは巨大モニュメントや息を呑むような 3D 絵画の制作をスタートしたのであった。作品を制作する上で不可欠となる手法は劇場やオペラハウスでの仕事、ならびに映画や写真撮影などの現場で培われていった。具体的には映画監督のリドリースコットの作品やロイヤルシェークスピアカンパニーでの撮影セットの他、ロックバンド、ザフーやレッドツェッペリン、そしてマイケルジャクソンのライブセットなども手がけている。
1980 年代、写真プロダクションの舞台裏で仕事をしていた折、 ジューダは有能な写真家、チャールズセットリントンと知り合うことになる。「それから長い年月が過ぎた頃、一本の電話が鳴りました。その声の主がマーチ卿だったんです」とジューダは当時を振り返る。チャールズセットリントンは貴族階級の家族から爵位継承を受けた直後で、ジューダにマーチ卿の主催するフェスティバルオブスピードのシンボルとなる巨大アーチを設置し、その最上部にフェラーリを飾るようにお願いしたのだった。ジューダはその依頼を快諾し、完成の締め切りに追われながら雨の日も風の日も作業現場でスクリューやペンキ塗りをティームスタッフと行ったのである。こうしてイベントを象徴するグッドウッドの巨大モニュメントが完成。それは毎年恒例のモータスポーツイベントが誕生した瞬間であった。
2、3 週間設営され、その後は解体および廃棄処分されるグッドウッドのモニュメント。それは年を追うごとにさらに高く、大胆かつセンセーショナルなものに変化を遂げていった。こうしてジューダはサーキットを連想させる巨大アーチに歴代のレーシングカーを展示したり、フロントを地面に突き立て、天に向かって逆立ちした全長 28 メートルもあるパイプ製レースマシーンなどを次々と作成している。2 年前にポルシェと 2 度目に契約を交わした折には 3 台の 911 が傾斜した巨大スチールの先端に取り付けられ、まるで物理学の引用であるかのような大胆なデザインが非常に印象的であった。
3 台の 911 によるアンサンブルは人々を直ちに魅了し、それを永遠に脳裏に焼き付けるかのような勢いを感じさせていた。そんなモニュメントがヒントとなり、今回新たなオブジェがツッフェンハウゼンのポルシェプラッツ、つまり本社工場の前に設置されたわけである。新しい企画を実現させるために公共スペースやラウンドアバウト、そして特に時間的条件を考慮する必要があったと振り返るジェリージューダ。風などの影響を受けることなく何十年という期間にわたりモニュメントの構造が維持されなければならない。しかも今回は密集した都市圏で、条件も以前とは異なっている。「グッドウッドのモニュメントでは前と後ろが決まっていましたが、ポルシェプラッツは四方から人々が近づくことができますから、柱を絡み合うようにレイアウトし、そこに 3 本の軸を構築するというアイディアが浮かんだのです」とジューダは説明する。
3 台の 911 を柱の先端に取り付けるために地面から 12 メートルもの深さに土台を埋め込む必要があったというジューダ。車輌カラーは 3 台ともすべてホワイト(RAL9002)で、それぞれ 1970 年製の F モデル、1981 年製 G モデル、そしてフランクフルトモーターショー(IAA)でプレミアを飾ったばかりの新型 991 II が 21 ~ 24 メートルの高さに配置されている。これについてジューダは「それ以上高くする必要はありませんでした。でなければ作品を見に来てくださった方の視界からあまりにも遠ざかってしまうことになりますから」と笑みを浮かべるのであった。
文 Therese Stelzner
写真 Steffen Jahn