Fly high
オーストリア人、マーク・ウェバーはレーシング・ドライバーでありながら、熱狂的なヘリコプター・パイロットでもある。そんな彼が今回、エアー・ツェルマット社で “空のヒー ロー” と呼ばれているクルーの元でトレーニングを重ね、新たな高度に挑んだ。
自らを制し、世界の頂点に登りつめたマーク・ウェバーが今、さらなる高みに挑戦しようとしている。ここは高度約 4600m の上空。駆るのはエアー・ツェルマット社のエアバス型ヘリコプター AS350 B3 Écureuil である。クレバス(氷河の深い割れ目)や岩壁、雪崩といった山岳事故から遭難者を助ける山岳救助隊として活躍する同社のパイロットたちは、いかなる状況下でもヘリコプターを自在にコントロールできる世界最高レベルの精鋭の集まりだ。彼らによる特別レッスンは、昨シーズンの世界選手権タイトル獲得のお祝いとして、エアー・ツェルマット社のパイロットでフライト・オペレーション・マネージャーでもあるサムエル・ズマーマッターから贈られたものである。
ポルシェ・ワークス・ドライバーのウェバーは、自家用機のパイロット・ライセンスを取得している、彼は今回、サム(ズマーマッタ―)とロビー(ロバート・アンデンマッテン)ふたりのパイロットによる贅沢なサポートを受けながら、山への着陸を 20 回も繰り返すのだ。 「着陸時は、冠雪した稜線の小さな地点をピンポイントで狙います。プロペラが雪を巻き上げるので、視界が遮られて何も見えない状況で着陸しなければなりません」とウェバーは少し緊張した面持ちで語る。「着地地点の安全性が確認できない時には、瞬時に機体を急上昇させるという選択肢を常にイメージしておくように、サムとロビーから厳しく命じられました。目的が人命救助とはいえ、同乗しているパイロットや医師、救助隊員を危険にさらすわけにはいかないのです」。
ウェバーは、危機的な状況に直面しても冷静な判断を下す能力を、モータースポーツで鍛え抜いている。ル・マンでは暗闇の中を時速 350km で走行しながら、突然現れた障害物を避けるために右に行くか左に行くかを瞬時に判断しなければならないのだ。 フィールドは異なるものの、線密な準備の重要性も同様。空でも、サーキットでも、ほんの少しの手抜きが命取りにつながる。
地上でのポルシェ 919 ハイブリッドでの滑走は、ヘリコプター操縦のトレーニングに なっているのだろうか。ウェバーは熟考の後にこう答えた。「おそらくそうでしょう。レーシング・ドライバーは習慣的にバランスとエアロダイナミクスを意識していますから。とはいえ、この精鋭たちの山岳飛行テクニックに関しては、比較の余地はないですよ」。いずれにせよ「今日は僕にとって人生のハイライトのひとつです」と言って、ウェバーはペンニネアルプス山脈の上空で目を輝かせた。
文 Heike Hientzsch
写真 Jiří Křenek