未来空間
数十年後のライフスタイルはどうなっているのだろう。アーバンリビングのあり方を、3 つの要素から導き出していく。未来的生活様式に迫るべく本誌『クリストフォーラス』は ポルシェ・デザイン・タワー 50 階の取材現場に “クルマ” でお邪魔した。
都会に憧れる人々の願いと、絶え間なく進化していくデジタル・テクノロジーにより、生活様式は今後革命的な変化を遂げるだろう。“ラグジュアル・コクーニング”、“グリーン・リビング”、そして “スマートホーム” はまさに将来のライフスタイルを決定づける 3 大要素と言える。
そんな近未来のライフスタイルを見事に体現した例がポルシェ・デザイン・タワーだ。パナメーラにエスコートされながらガラス張りのエレベーターに乗り、56 階の玄関先へ直接向かう。そう、元来モビリティであるはずの愛車が、彫刻として住まいの一角を飾るのだ。ドライブに出かけるのも簡単だ。ポルシェのスポーツリムジンは再びエレベーターで 1 階へ降り、タワー前のロータリーを一周して街へ出られるのである。イモビリティとモビリティが見事に融合したインテリジェントな生活様式だ。
愛車と隣り合わせのキッチンと寝室──そんな夢物語を実現したのが、マイアミ・サニーアイルズビーチのポルシェ・デザイン・タワー・マイアミである。地上 200 メートルの高さを誇るガラス張りのファサードがフロリダの空を突き抜ける。住人の視界を妨げるビルは周囲に存在しない。エレガントなシリンダー状の形をした 60 階建ての高層ビルには 390 平方メー トル以上のアパートが 132 戸確保されている。現時点ですでに完売となっているアパートメントはどれもゆとりをもった設計で、最上段には 1800 平方メートルにおよぶ 4 階構成のペントハウスが 2 戸用意されている。天井まで伸びる窓から見渡す太平洋はまさに圧巻だ。今回、ポルシェ・デザインは初めて不動産というビッグ・プロジェクトを手掛けた。彼らが設計した高層物件は、黒とグレー、そしてステンレスが見事に調和したポルシェ・デザインならではのレイアウトとなっている。
ルームキーとしてのクルマ
フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェが 1972 年に設立したエクスクルーシブなライフスタイル・ブランドの DNA をこのタワーに吹き込んだと語るのは、ポルシェ・デザインの CEO、ヤン・ベッカーだ。彼は「ポルシェ・デザイン・タワーの機能的なデザインと革新技術は私たちの企業理念そのものです」と胸を張る。ポルシェ・デザイン・タワー・マイアミは住空間だけでなく当然クルマにもフォーカスしている。アパートにはクルマを最低 2 台駐車できるスペースが確保され、エレベーターに乗り入れる愛車がまさにルームキーの役割を果たすのだ。
「しかし地上 56 階でエンジンをかけるわけにはいきません。ですから他の方法──つまりエンジンを掛けずにエレベーターや駐車スペースまでクルマを移動させる方法を考える必要がありました」と、経緯を説明してくれる。最終的な解決策として搬送レールを採用した 3 基のエレベーターがタワー中央に設置され、車輌搬入/搬出にかかる時間を 2 分以下に抑えることに成功したのである。
1) ラグジュアル・コクーニング:ずっといたいと思う私的空間
ポルシェ・デザイン・タワー・マイアミは豊かな生活感に溢れているが、その発想は 80 年代後期、トレンド調査の専門家であるフェイス・ポップコーンによる “私生活へと人々が回帰していく現象” の定義 “コクーニング” と通底している。タワーが標榜する “ラグジュアル・コクーニング” は、スパやヴィシー・シャワー、ホームシネマ、ゴルフ・シミュレーター、ヨガスタジオ、そしてワインセラーといった数々のパーソナル・オプションによって構成される。
フランクフルト未来研究所が発行するトレンド・スタディ “50 Insights —住居の未来” は以下のような見解を示す。「人間は心から落ち着くことができて、活力を取り戻せるようなくつろぎの空間、つまりマイホームという “日常生活におけるアンカーポイント” を常に頭の中で思い描いているものなのです」と。そこにはしかし、現実逃避の意味合いは含まれていない。彼らの文献には “Urbanity is sexy” という一文も確認できるが、その表現について同研究所の所長であるハリー・ガッテラーは「時代と共に人々がアーバンライフを楽観視してきていることです」と説明し、「都会には人々が継続的に集まり、2050 年には世界人口の約 70 パーセントが都市で暮らすようになるでしょう」と予測する。
2) グリーン・リビング: 都会のオアシス
生活空間が都市に限定されると住居は高さを求めるようになり、同時に現代人は緑あふれる自然、そしてより健康的な環境に対するあこがれを抱くようになった。彼らの願いが反映されたライフコンセプトが “グリーン・リビング” である。映画『メトロポリス』の監督フリッツ・ラングが 20 世紀に始まった都市化を文明の衰退にちなんで暗黒郷と呼んでいた時代が今となっては懐かしい。今日のメトロポリスは以前とは比較にならないほど緑が増えてきているとガッテラーは説明する。都市へ移住してきた多くの人々が緑の自然を求めた結果、都会にオアシスが誕生したのである。
都市に生育する “森” として建築の世界に新たなマイルストーンを打ち立てたミラノのボスコ・ヴェルティカーレは、その代表的な例と言えるだろう。それはレクリエーションエリアや軒先の花壇に代わる “窓際のガーテン” として機能している。街と自然を融合させ、刺激と休息を同時に実現することでライフスタイルに対する現代人の要求に見事応えているのだ。自然との共生が彼らの生活の質を向上させていることに疑いの余地はない。かくしてテラス屋根は植栽空間となり、バルコニーは草原へと変化するのだ。
3) スマートホーム: 家事のネットワーク化
人々が落ち着くことのできる場所が “マイホーム” であるなら、“スマートホーム” はこれに加え日常行われる家事の一部を完全自動化するシステムが備わった住宅と定義することができる。家事は将来的にどうあるべきなのだろう。ネットワーク化にその答えを見出すことができる。シャッターや照明、暖房設備などを遠隔操作していたのが従来のスマートホームだったのに対し、最新のリビングコンセプトではシステムが住人の暮らしぶりを把握し、より快適な生活環境を自発的に提供するのだ。家主の好みの音楽や映画を自動再生し、ロボット掃除機を作動させ、風呂にお湯をはり、冷蔵庫が自ら食材を注文する。テクノロジーが人々の暮らしの機微を奪ってしまうのではないかという批判的な意見も出ようが、これについてフランクフルト未来研究所は次のように説明する。「健やかな暮らしというのは、人間同士の関わり合いがあってこそ生まれるもの。ですから未来のスマートホームでもこの原則を前提とした上でシステムが機能しなければなりません」
人々の暮らしと情熱から生み出される “つながり” こそが、おそらく最も優れた生活様式の基礎となる。例えば窓から一望できる果てしない自然の景観と愛車を自宅へ搬送できる最新のスマート・テクノロジーを組み合わせたマイアミのリビングタワーは、まさに未来を見据えた生活設計の在り方なのである。
「どうなるか見ものですね」
サスキア・サッセンは生活の拠点としての都市を語る
人々は将来、どのような暮らしを求めていくのでしょうか?
近年、生活の拠点として都市部が好まれるようになってきており、様々な国々で似たような傾向が確認できます。中でも特に興味深い特徴が、中都市へ移住する人々の増加です。理由は大都市の物価が高いこと。そして最近では大都市よりも中都市の方が生活を楽しめるようになってきている事実が挙げられます。彼らは “都会的” であることを望んでおり、中都市にも中心街は充分 “都会的” なのです。
“都会的” とは何ですか?
若者を引き付ける魅力的な仕事やスタートアップ、アート、文化、そして美味しいレストランがある、ということです。完璧な街などありませんが、オープンで不完全、見慣れないものが多い場所が都会的と言えます。完璧ではなく、予期せぬ問題も起こり得るような場所に魅力を感じるのでしょう。社会学者のゲオルク・ジンメルが早くから認識していたように、社会の多様性は個性に影響を与えるということです。都市空間における匿名性においても、やはり都会に強みがあります。哲学者のヴァルター・ベンヤミンはこう言っています。「自分や友達がどうこうというのではなく、街はただ “スペクタクル” を提供しているのです」と。
では、どんな街づくりをするべきなのでしょうか?
それはずばりスマートな街づくりです。とは言え、単に街の形態をデジタル化するだけではいけません。スマートな街とは、人々がデジタルではなくアナログの世界で出会える機能性を提供している場所です。つまり人々の出会いや会話こそが “スペクタクル” なのであって、そんな街づくりができるように私たちはこれからも努力していかなければならないのです。
文 Jan Van Rossem, Frieder Pfeiffer
写真 Benjamin Antony Monn, Davide Piras/Stefano Boeri Architetti, Hero Images, Johannes Heuckeroth/Gallery Stock, Wolf Steiner/Zukunftsinstitut