エンジン

“心臓切開手術”：911 Tのエンジンが回転を取り戻す

長期間にわたり定期的に使用されていたエンジンが、しばらく使われない状態にあるとエンジン性能も影響を受けてしまいます。またエンジンが招かれざる客の一時の棲家になってしまうリスクもあります。今もエンジンハウジングに付いている昆虫の巣が、その証拠です。さらに風や気象は継続的な浸食によって、金属部分に幾多の損傷を与えます。それにもかかわらずこの38年間、エンジンに修理不能な損傷が引き起こされることはありませんでした。

911 Tには“心臓切開手術”が施されました。1973年モデルのUSクーペのボディに対する修理の完了後、クラシック ワークショップの専門家はエンジンに関心を向けています。ポルシェ クラブ・オブ・アメリカ(PCA)、ポルシェ クラブ コーディネーション、ポルシェ クラシックが共同で始めた“情熱のリバイバル”プロジェクトの一部として、車両の“生命を取り戻す”ための実際の工程が今スタートしました。完璧にレストアされた車両は、PCAメンバー向けに抽選に掛けられ、今年8月にアメリカで開催されるポルシェ パレードで新しいオーナーに引き渡されます。排気量2.4リッターの水平対向6気筒エンジンは、ロードで本来の140PS/5,600rpmを発揮し、最高速度は205km/hに達します。

クラシック ワークショップでは、ポルシェの技術者が最初にエンジンを完全に分解しました。次に、全てのパーツは特殊な洗浄機にかけられました。パーツの正確な状態は錆や汚れを完全に洗浄しないと判明できないため、この工程が必要となります。この作業は、ディテールまで細心の注意を払って行われます。ファンカウルのような一部のパーツは、亀裂の可能性があるので目視検査を実施。専門家はクランクハウジングやクランクシャフトなどに発生する可能性のある、目に見えない亀裂を検出するために最新式の試験方法を採用します。パーツは、ヴァイザッハのポルシェ開発センターでフラックス処理されます。これにより、電磁鉄粉が亀裂に堆積し、紫外線光の下で目に見えるようになります。多数の部品測定も実施されます。このような測定を通してシリンダーヘッドやシリンダー、ピストンなどの寸法精度を確認します。

この評価工程の最後に、専門家はエンジンの走行距離が約100,000マイルであると推定しました。38年間使用されてきたエンジンとしては多すぎる数値ではありません。また以前のオーナーは、エンジンを限界まで使うこともありませんでした。それよりも、エンジンを傷めた最も大きな原因は使用していない期間の長さでした。専門家はその経験を活かしつつ、測定結果に基づいてレストアの工程をどのように進めるかを決定しました。

ポルシェ クラシックにおけるエンジンの完璧なレストアの一部として、全てのベアリング、シール、ベルトは必ず新品のポルシェ純正パーツと交換されます。タイミングチェーンも同様です。これらは大きなコスト要因とはなりませんが、エンジンが完全に開けられた場合でなければ作業できないパーツです。そのため、機会があれば必ず交換します。911 Tではスパークプラグ、イグニッションケーブル、エンジン配線ハーネスを含む電装システム一式のほか、オリジナルとは異なるエグゾーストシステムやオイルポンプ、クランクシャフト、クラッチも交換されました。さらに機械式インジェクションポンプ、ディストリビューター、オルタネーター、CDIコントロールユニットなどのオーバーホールされたパーツも取り付けられました。ほかのエンジンパーツは表面処理によって防錆処理を実施。問題のあるパーツにはガラスパウダーによるサンドブラスティング、亜鉛メッキ、ピクリング粉体コーティングおよび塗装といった工程が行われました。

エンジンのレストアを成功させるためのこうした全ての準備作業は、豊富な経験を積んだ専門家が行います。これは極めて時間がかかる複雑な工程です。しかしながら、これだけの努力が完璧なレストアには不可欠なのです。1973年製の新品エンジンは事実上、存在しません。一方、数多くの個々の純正エンジンパーツは今でも入手可能です。組み立てと取り付けの際、技術者は古いオリジナルツールや取り付け工具を利用します。

ただし完成を決定づける瞬間は、組み立て後になります。新品エンジンと同様に、レストアされた911 Tのエンジンにもダイノテストによる試運転を実施しなければなりません。エンジンが古いという理由で、妥協されることはありません。新品と同じように作動する必要があります。このため、馬力やトルクは厳密な正確さを要します。またオイルなどの漏れや通常の機能の確認も行われ、多数の調整を実施。こうして、エンジンは最高回転数で稼働し、往年の輝きを取り戻すのです。